走り切れなかった悔しさと、それでも満足できた理由|札幌マラソン3km

こんにちは、こぼねあみです。
北海道で2人の子どもを育てながら、「書くこと」と対話を通じて、自分の本音を引き出し行動に繋げるサポートをしています。

初めての3km、走り切れなかった

先日、札幌マラソンに参加してきました。

去年は2km、今年は初めての3kmです。たった1km増えただけ。そう思っていたのに、これが本当にきつかったんです。

練習のときも、3kmをずっと走り続けられたことは、一度もありませんでした。それでも本番なら、ゆっくりでもなんとか走り続けられるかもしれない。心のどこかで、そう期待していたんだと思います。

結果は、やっぱり無理でした。途中で歩きながら、なんとかこんとか、ゴールまでたどり着いた、という感じです。

走っている途中、「なんでこんな苦しい思いして走ってるんだろう…?」と、つい考えてしまいました。それでも、周りの景色を見たり、「去年はここで曲がったね」と話したりしながら、しんどいなぁと思いつつ、最後まで進みました。

悔しかったのは、走り切れなかったこと

体はしんどかったし、悔しい気持ちもたくさんあります。

悔しいのは、やっぱり走り切れなかったこと。ゆっくりでも走り続けられると思っていたのに、できなかった。もっと練習したかったし、もっと早くから練習を始めておけばよかった、とも思います。

去年よりは、ずっとずっと練習しました。でも、それでも足りていなかった。足りていないんだから、走り切れなかったのは当然なんです。そこは、ごまかさずに受けとめています。

タイムは、練習のときより上がりました。そこは、素直に嬉しい!!

今日の一点で見るか、トータルで見るか

ただ、不思議なことに、悔しい気持ちはあるのに、気持ちは全然沈んでいないんです。

今日という一点だけを見ると、「走り切れなかった」という結果です。これは、どうやっても変わりません。

でも、この日に向けて、数日だけだったけれど練習したこと。走ってみて、思った以上にきつくて「やばいぞ」という気持ちが芽生えたこと。走っている最中に見た景色や、おしゃべりや、ところどころで感じた楽しさ。それらを全部ひっくるめて、トータルで見ると、走ってよかったし、マラソンに参加すると決めて本当によかった、と思えるんです。

結果だけで見れば、悔しい。でも、そこに向かった時間まで含めると、ちゃんと満足している自分がいる。この二つは、ぜんぜん矛盾しないんだなと、思いました。

これって、マラソンに限った話ではないですよね。仕事でも、子育てでも、毎日の暮らしの中でも、「思った通りにできなかった」と感じる日はあります。そんなとき、つい結果だけを見て、「今日もダメだった」とまとめてしまいがちなんですが、そこまでにやってきたことや感じたことは、ちゃんと確かにあるんです。

ちょっとしたハプニング

沿道では、たくさんの人が応援してくれていました。あれだけたくさんの人がいるのに、嫌な思いをすることが一度もなくて、ランナーさんって素敵な方が多いんだなぁと、あらためて思いました。

そうそう、スタート時間を13:30だと思い込んでいたんです。向かっている途中でよく見たら13:10スタートだということに気づいて笑
めっちゃくちゃ焦りました。
でも、そのおかげで、あれこれ考える間もなく、すんなりスタートできました。お天気にも恵まれて、ありがたい一日でした!!

不登校の息子のことでも、いい発見がありました。これはまた別の記事にまとめますね。

5年連続で出られたことも嬉しかったし、参加特典のTシャツも可愛くて、それも密かな楽しみでした。

悔しいと楽しいは、一緒にいていい

こうして言葉にしてみると、悔しさも、楽しさも、しんどさも、嬉しさも、全部が本当の気持ちなんだなと思います。

結果だけで「ダメだった」とまとめてしまうと、楽しかったことも、やってきたことも、なかったことになってしまう。それは、もったいないです。

私自身、ノートに書いていると、悔しいけど満足、しんどいけど楽しい、というような、ひとつにまとまらない気持ちに出会うことがよくあります。きれいに一つの感想にしなくていいんです。

だから私は、これからも結果と一緒に、そこまでの時間や気持ちも、ちゃんと言葉にして残していきたいと思います。

今日、走った皆さんも、応援してくださった皆様も、お疲れさまでした。
ナイスラン!

こぼねあみ

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