「好きなだけ仕事していいね」とつい言ってしまった話|子育て中に消える達成感

こんにちは、こぼねあみです。
北海道で2人の子どもを育てながら、「書くこと」と対話を通じて、自分の本音を引き出し行動に繋げるサポートをしています。

つい出てしまった一言

先日、夫についこんな一言を言ってしまいました。

「好きなだけ仕事して、好きなだけ1人で部屋にこもっていいね」

あーらあら、つい出てしまったわ。

そしたら、こう返されたんです。

「俺だってやりたくて仕事してるわけではない」

いやいやいやいや。でたでたでたでたちょい待てやい。

夫が外で働いて稼いできてくれているから、今の生活があることはわかっています。でも、それだけでもないことも、わかってほしいんです。

今の私の状況

今の我が家はこんな感じです。
子どもが2人、1人は昨年から不登校でずっと家にいて、もう1人は幼稚園児で14時に帰ってくる。
私の仕事は個人事業で、基本オンラインなので自宅でできる。
夫は会社勤めで、時に在宅勤務もできる。

さっきの言葉を言われた時、「いやいやいやいや」と思ったのは、仕事ができることって、すごくありがたいことだと思っているからなんです。

生活のために働いてくれていることへの感謝は、本当に持っています。だけど、自分の納得いくまで残業したり、出張に行ったり、働きたいだけ働けるって、実はすごいことなんです。

この「働きたいだけ」というのは、仕事が好きとか好きじゃないとかの話ではなくて、与えられた義務や責任を「やり切る」ことができる、という意味です。
だって、義務だとしても、責任からだとしても、やり切れたら達成感があるじゃないですか。
この達成感って、人間として生きる上で、すごく重要な感情だと思うんです。

子育て中に消えていく「達成感」

子育てを経験した人、特にお母さんなら、わかってもらえるんじゃないかと思います。

子どもと一緒に過ごしていると、生理現象すら満足にできない時があります。トイレも、睡眠も、食事も、満足にできない。

もちろん「好きで産んだんだろ」とか「だったら産むなよ」とかは無しです。そんなこと言ったら、生命活動そのものを否定することになってしまいますから。好きで産んでいるし、産まれてくれて嬉しいし、とんでもない幸せを感じています。それでも、子育て中の自分への負担はすごいんです。

これが一度や二度じゃない。妊娠中から始まって、3年、5年、下手したら10年、20年と続きます。

小さい子を育てていると、お母さんが一番感じにくいのは「達成感」なんです。離乳食を作るのも最後までやりきれない。買い物すら、顔を洗うのも、髪を乾かすのも、中途半端になる。

もちろん、どんなことにも満足感を持ってやれる人もいると思います。でも、どこかしらに折り合いをつけているんだと思うんです。

満足のレベルが、とても下がる

私自身、会社勤めをしていた頃の方が、達成感を得やすかったなと思います。子育てとの両立が始まってからは、それすらなかなか厳しかったですが、それでもまだ、集中して取り組める時間が長かった。
今の個人の仕事は自分で選んでいるし、その中でも会社勤めでは得られないほどの達成感を感じる瞬間はあります。

ただ、その仕事そするために満足に時間を使えないことが多いんです。

特に今は、子どもが不登校で自宅にいます。「遊ぼう」と言われる。仕事中でもゲームの音が聞こえる。やり切りたいと思っても、ご飯の時間が来れば中断する必要がある。お迎えにも行かなきゃいけない。

本当に子どもが小さいうちは、トイレにゆっくり入れるだけでも、大人と話せるだけでも、温かいうちにご飯を食べられるだけでも、自分の食べたいメニューを選べるだけでも、すごく満足してしまう。自分の満足のレベルが、とても下がるんです。

でも夫は、温かいご飯を食べられること、ゆっくりトイレに入れること、好きなメニューを頼めること、好きなだけ眠れることに、特に違和感も達成感も持っていません。それが悪いわけではないんですが、母親は、たったこれだけのことも満足にできないから、これらが満たされるだけでありがたいと思ってしまう。そして、それ以上を求めることを、贅沢だと勘違いし始めるんです。

もちろん、心からそう思えているならそれでもいい。でも、だからといって、自分の満足度の基準を上げることを諦めないでほしいとも思います。もっと自分が満足感を得ることを、達成感を得ることを、躊躇わなくていい。

モヤモヤの正体は「言語化できていないこと」

こういう感覚は、なかなか理解してもらいにくいものです。そもそも自分でも、言語化できていない場合が多い。そんな感情があることにすら、気づいていない場合もあります。

これが、「なんかモヤモヤする」の原因の一つだと思うんです。

ここを言語化できると、周りへ伝えられることが変わります。「私は今〇〇と感じていて、△△したいから、◻︎◻︎してほしい」と。

こんなふうに伝えられたら、今よりほんの少しだけでも対立が減ったり、無駄な言い争いや、傷つけ合うことを減らせる気がしています。

だから私は、これからも言語化をひたすらしていくし、自分を知るということも、ジャーナリングを通して続けていきたいと思います。

自分のために、家族のために。
そして同じ思いを抱えているすべての方が、少しでも幸せな時間を過ごせるように。

こぼねあみ

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